ガチ恋がつらい。推しを好きすぎて苦しくなるのはなぜ?

火を消したキャンドルから立ちのぼる細い煙

推しに本気で恋愛感情を抱く「ガチ恋」。好きだから会いたいし、応援したい。自分のことも知ってほしい。できることなら特別な存在になりたい。その気持ちが大きくなるほど、会えない時間や、思うように近づけない距離がつらく感じられることもあります。

ただ、「推しを好きすぎてつらい」と感じていても、苦しさの中身は一つではありません。

会えないこと、ほかのファンへの嫉妬、相手の反応への期待、自分自身への戸惑いなど、いくつかのものが重なっている場合もあります。 

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ガチ恋すると、「好きなのにつらい」と感じるのはなぜ?

薄暗い床に差し込む細長い光の帯

身近な人への恋では、「もっと話したい」「二人で会いたい」と思い、実際に関わり方が変わっていくことがあります。一方、推しにガチ恋している場合は、まず「推される側とファン」という関係があります。

ライブへ行けば会える。イベントでは話せることもある。SNSで反応をもらえる場合もある。それでも、その近さがそのまま個人的な関係の近さを意味するわけではありません。

恋愛感情としては「もっと近づきたい」と思っているのに、実際にはファンとして関わっている。その二つが同時にあることで、楽しい時間の中にも苦しさが入り込むことがあります。

会えるのに、自由には会えない。言葉を交わせるのに、その時間には限りがある。自分に向けられた笑顔がうれしくても、同じような笑顔がほかのファンにも向けられていることはあります。その笑顔が相手にとってどんな意味をもつのかまでは分かりません。

「好きなのにつらい」という感覚には、推しとの距離感が関わっている場合もあります。

「ガチ恋がつらい」と感じるのは、どんなとき?

同じように推しへ恋をしていても、何に強く心が動くかは人によって違います。

たとえば、次のような場面があります。

  • 推しがほかのファンに対応しているのを見たとき
  • 共演者との親しそうな様子や、恋愛に関する噂を目にしたとき
  • イベントで思うように話せなかったり、反応をもらえなかったりしたとき
  • 楽しかったライブや配信が終わり、急に推しとの距離を感じたとき
  • 推しのことを考える時間が増え、仕事やほかの予定に集中しにくくなったとき
  • 自分の年齢や立場を考えて、「ガチ恋してる場合じゃない」と戸惑ったとき

どれも「好きすぎるから」でまとめることはできます。

ただ、ほかのファンへの嫉妬と、会えない寂しさ、推しにどう思われているのか分からない不安と、自分自身への戸惑いは、同じ苦しさではありません。

「何がつらいのか」まで具体的にすると、自分が何を求めているのかも考えやすくなります。

「特別になりたい」と思うとき、どんな関係を望んでいる?

角を折った白いカードが重ねて置かれている

ガチ恋していれば、「付き合えたら」「相手にも好きになってもらえたら」と想像することもあるでしょう。ただ、「付き合いたい」という言葉だけでも、そこに思い描いているものは人によって違います。

恋人として親密になりたい。もっと個人的な話をしたい。自分のことを覚えていてほしい。会ったときにうれしそうにしてほしい。ほかのファンより少し特別に見てほしい。

推しの恋人になりたいという気持ちと、「推しにとって大勢のファンの一人ではない存在になりたい」という気持ちが重なっていることもあります。

たとえば、ほかのファンへの反応を見てつらくなったとき。本当に苦しかったのは、その人と推しが親しく見えたことなのか、自分には同じ反応がなかったことなのか、それとも「自分は特別ではない」と感じたことなのか。

恋愛の噂を聞いたときも、自分が恋人になれないことがつらい場合もあれば、「自分とは違う誰かが、推しにとって近い存在になること」が苦しい場合もあります。

自分は推しとどんな関係を望んでいるのかを考えると、「好き」という気持ちの中で、特に何が叶わないことをつらいと感じているのかが具体的になります。

ほかのファンへの嫉妬では、何を比べている?

推しに恋をしていると、ほかのファンの存在が気になることがあります。

何度も名前を呼ばれている人。SNSで反応をもらっている人。たくさんイベントへ行っている人。自分より推しと親しそうに見える人。そんな相手を見て、「あの人の方が推しに近い」と感じる。

ただ、そのとき比べているものは、推しとの距離だけとは限りません。

自分より覚えてもらえていることがうらやましいのか。使える時間やお金の差が気になるのか。見た目や年齢まで比べて、「私よりあの人の方が好かれそう」と感じているのか。

誰かと比べた結果、「私には魅力がない」と、自分自身への評価まで下げてしまうこともあります。けれど、イベントへ行った回数や推しからの反応が、そのまま自分の魅力の評価になるわけではありません。

「嫉妬してしまう自分が嫌」と考える前に、誰の何を見たときに、自分の何が足りないように感じたのか。そこには、推しとの関係だけではなく、自分をどう見ているかも関わっていることがあります。

推しの反応に、どんな意味を期待している?

ふたを開けたまま置かれた空の小箱

イベントで目が合った。名前や以前話したことを覚えていてくれた。SNSで反応があった。好きな相手から何かを返してもらえれば、うれしいものです。

それと同時に、その反応が自分にとって大きな意味を持つほど、「これはファンへの対応なのか、それとも少しは特別なのか」と考えたくなることがあります。

前回はたくさん話せたのに、今回は短かった。以前は反応があったのに、今日はなかった。ほかのファンにも同じようなことを言っていた。こうなると、「私が勝手に期待していただけなのかな」と感じることがあります。

実際に推しが何を考えていたのかは、本人にしか分からない部分があります。一つの言葉や反応だけから、自分への気持ちを確定することはできません。ここで考えたいのは、「あの反応にはどんな意味があった?」という答えよりも、自分はそこから何を期待したのかです。

もっと覚えていてほしかった。自分に会うことを楽しみにしていてほしかった。ファンとしてだけではなく、一人の人として気にかけてほしかった。

期待していたものが具体的になると、反応がなかったときに何を失ったように感じたのかも捉えやすくなります。

「こんなに好きになっている自分」がつらいのはなぜ?

苦しさが、推しとの出来事だけから生まれているとは限りません。

仕事をしていても推しのことを考えてしまう。友人やパートナーには、この気持ちを話しにくい。自分の年齢を考えると、「この歳でアイドルに本気になるなんて」と恥ずかしく感じる。

年齢を重ねてから誰かを好きになったこと自体への戸惑いについては、「年齢を重ねてからの恋愛。『おばさんだから』と好きな気持ちに戸惑うときに」で詳しく扱っています。

家庭や恋人がいる人なら、「今の生活に不満があるわけではないのに、ガチ恋している自分は何なんだろう」と戸惑うこともあります。

この場合、つらいのは推しに恋をしたことだけではなく、今の自分が持っている生活や、自分自身についてのイメージと、ガチ恋している自分がうまく結びつかないことなのかもしれません。

「10代や20代じゃないなら、こんな気持ちにはならない」「パートナーがいるならほかの人を好きになるはずがない」といった基準を自分に置いていれば、恋愛感情そのものに罪悪感を持つこともあります。

一方で、推しへの恋愛感情があっても、今の生活や人間関係をどうしたいかは別の問いです。好きになったという感情と、その感情をもとに何をするかは同じではありません。

「ガチ恋してしまった自分がおかしいのでは」と自分自身を否定するより、恋をしていることの何が今の自分にとって困るのかを見る方が、抱えている迷いに近づけます。

ガチ恋がつらいとき、何が自分を苦しくさせている?

ライブの帰り道までは幸せだったのに、家でSNSを見たら、ほかのファンへの反応が目に入って急に苦しくなる。そんなとき、「ガチ恋をしているからつらい」と考えると、推しを好きな気持ちすべてに問題があるように見えるかもしれません。

けれど、会えないことがつらいのか。特別になれないことがつらいのか。ほかの人と比べてしまうことが苦しいのか。推しの反応から期待と不安を行き来することに疲れているのか。それとも、こんな恋をしている自分自身に戸惑っているのか。

「ガチ恋」という一言の中でも、困っていることは同じではありません。

この恋を続けるか、やめるかを決める前に、自分はどんな場面でつらくなり、そこで何を求めていたのか。そこまで具体的になると、「推しが好き」という気持ちと、今の自分を苦しくさせているものを同じものとして扱わずに済みます。

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この記事を書いた人

都内在住のアラフォー、フリーライター。既婚。恋愛や夫婦関係、性のことなど、「自分がどう感じたか」を大事に執筆しています。ホラー映画が好き。

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