昔の写真を見て今の自分との違いに気づいたり、誕生日が近づいて次に迎える年齢を意識したりすると、「このまま年を取っていくのが怖い」と感じることがあります。
見た目や身体がこれからどう変わっていくのか。「若い」と言われなくなったら、周囲からの見られ方も変わるのか。まだ先のことなのに、年齢を重ねた自分を想像して不安になることもあるでしょう。
年齢を重ねれば、変わっていくものはあります。過ぎた時間を戻すこともできません。だから、年を取ることへの怖さを、無理に「考えすぎ」と片づける必要はないはずです。年齢を重ねることで、何がなくなることを怖いと感じているのか、その中でこれからも大切にしたいものは何なのかを考えます。
年を取ることの何が怖い?
30歳、40歳、50歳など、節目となる年齢が近づくと、それまであまり気にしていなかった自分の年齢を意識することがあります。「あと数年で40歳か」と思い、40歳になった自分の見た目や暮らしを想像して、不安になる人もいるでしょう。
ただ、「40歳になることが怖い」と思っていても、そのとき頭に浮かんでいるものは人によって違います。
鏡に映る顔や身体が変わっていくこと。これまで似合っていた服が、同じようには似合わなくなること。「若い人」として扱われなくなること。恋愛や新しい出会いの機会が、少なくなっていくように感じること。「いつかやりたい」と思っていたことを、できないまま年齢を重ねていくこと。
こうした不安が重なると、「年を取りたくない」という一言になることがあります。
もうひとつ確認したいのが、今すでに起きていることと、その変化から想像している未来です。たとえば、「写真に映った自分が以前と違って見えた」は、今起きていることです。一方、「もっと年を取ったら、今より魅力がなくなってしまう」は、その変化をきっかけに想像した未来です。
「以前と少し変わった」ことから、「この先はもっとこうなる」と考えると、不安が大きくなることもあります。自分が気にしているのは、すでに起きた変化なのか、それともその先に想像していることなのか。そこまで見ると、何を怖いと感じているのかがより具体的になります。
見た目が変わることで、何を失いそうだと感じる?

昔の写真を見て、顔つきや体型が今と違うと感じる。これまで似合っていると思っていた服を着ても、以前とは印象が違う気がする。年齢を意識するきっかけとして、見た目の変化は分かりやすいものです。
ただ、「老けたくない」という気持ちは、若い顔や身体のままでいたいということだけでは説明できない場合があります。
好きな服をこれからも着たい。鏡を見たときに、自分なりにいいと思える姿でいたい。親しい相手から魅力的に思われたい。裸になったとき、年齢を気にして身体を隠すようにはなりたくない。
そう考えると、失いたくないのは「若い見た目」だけではなく、その身体で楽しんできたことや、自分を魅力的だと思える感覚なのかもしれません。
一方で、年齢を重ねるにつれて、顔や身体には少しずつ変化が出てきます。「今のままでいるにはどうすればいいか」だけを考えていると、変化するたびに不安が大きくなることもあります。
見た目を変えないことだけではなく、これからもどんな服を着たいのか、どんなふうに自分の身体と付き合いたいのか、誰との時間を楽しみたいのか。そこまで考えると、「老けたくない」という気持ちの中で、自分が大切にしたいものも見えてきます。
若くなくなると、何が変わると感じる?

「若いね」と言われなくなるのが怖い。「おばさん」という言葉が、以前より自分に近づいてきたように感じる。街で年下の女性を見たとき、もう自分はそちら側ではないのだと思う。
そんなふうに、年齢そのものより「若くなくなること」に落ち着かなさを感じる場合もあります。
「若くなくなること」が気になる理由は、見た目や周囲からの見られ方だけではありません。
少しくらい失敗しても「まだ若いから」と思えた。これから仕事も恋愛も変えられる気がしていた。初めてのことをしても不自然ではないと思えた。異性から好意を向けられたり、女性として見られたりする機会も、この先まだあると思っていた。
そうした感覚まで若さと結びついていれば、年齢を重ねることが「いろいろなものの期限が近づいている」ように感じることがあります。
けれど、その中には、年齢を重ねたからといって、すぐにできなくなるわけではないこともあります。恋愛を始めること。新しい人と出会うこと。仕事や暮らしを変えること。行ったことのない場所へ行ったり、初めてのことを試したりすること。
「若くなくなったらできない」と感じているものの中に、今も続けたいことや、これからやってみたいことはあるでしょうか。年齢そのものより、「もう遅い」と思うことで、これからできることまで少なくなるように感じるのが怖いのかもしれません。
昔思い描いていた姿と、今の自分はどう違う?

これから起きる変化だけでなく、昔思い描いていた自分との違いから、年を取ることが怖くなる場合もあります。
「40代になったら、もう少し自信を持てると思っていた」「この年齢なら、今とは違う暮らしをしていると思っていた」。以前はそんなふうに、将来の自分を想像していた人もいるでしょう。いざその年齢が近づくと、思い描いていた自分と今の自分の違いに戸惑うことがあります。
ただ、昔思い描いていた姿を、今も同じように望んでいるとは限りません。
結婚していると思っていたけれど、今は一人で過ごす生活を気に入っている。もっと仕事で上を目指していると思っていたけれど、今は趣味の時間も大切にしたい。若い頃には想像していなかった楽しみが、今の生活にはある。
その一方で、「本当はやってみたかったのに、ずっと後回しにしてきた」と気づくこともあります。今はもう望んでいないことと、今もやってみたいことが残っているのとでは、同じ「思い描いていた自分と違う」でも意味が違います。
今もやってみたいことがあるなら、「この年齢までにできなかった」ことと、「これからも選ばない」ことは別です。
怖さがあるのに、無理に前向きになる必要はある?
10代や20代の自分には、どうしても戻れません。今の年齢も、何年か経てば過去になります。これから身体や見た目がどう変わるかを、すべて自分で決めることもできません。だから、「年齢はただの数字」「いくつになっても気持ち次第」と言われても、すっきりしない人がいるのは不思議ではありません。
怖さの中に、もう戻れない時間への寂しさがあるなら、無理に前向きにとらえようとせず、まずは何を失いたくないと思っているのかを考えてみます。
着てみたかった服がある。誰かにきれいだと思われることを、まだ楽しみたい。身体の変化を気にせず、親しい人との触れ合いを楽しみたい。新しい場所へ行ったり、初めてのことを経験したりする自分でいたい。
そこで思い浮かんだものを見ると、戻りたいのは「若かった頃」そのものではなく、その頃にできていたことや、感じられていたことなのかもしれません。年齢は戻せなくても、それらまで同じように過去のものになるとは限りません。
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